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グローバル化の時代に、単価の高い日本人が個人でWebクリエイターになることに未来はあるのか

Posted by admin at 23:03 日時 2010/10/23

今日はカフェで粘って今月号のクーリエ・ジャポンの読んでいなかった記事を集中して読んでいました。中でも森巣博の『越境者的ニッポン』は毎回軽妙な筆致で日本の世相を斬るコラムで、今回は日本企業の社内公用語を英語に切り替える風潮について取り上げられていました。筆者と同じく、僕もとりたてて英語公用語化の是非について問うつもりはないのですが、英語でビジネスするということは取り立てて変わったことでも何でもないよな、とふと思いました。

つまり、日本の企業がウェブを作りたいと思ったときに、別に日本人のWeb屋に依頼する必要はないよな、ということです。社内公用語にしていなくとも、いまどき英語がそれなりに出来る人の一人や二人普通にいるでしょう。その人をWeb担当にすれば海外にアウトソースしたっていい。

現在、僕が請けている仕事は東京からの仕事が多いです。個人としてスタートしたばかりなので地元のつながりが少ないことが要因であることは間違いないのですが、逆に言えばなぜ距離が東京までにとどまっているのか?ということも言えます。ほぼメールで仕事が完結するのであれば、別に海外だっていいわけです。

そういうグローバルな時代において、日本人が高い単価でそこそこのWebを作ることに果たして未来はあるのか。非常に難しい問いです。しかし、僕は神戸にとどまり、個人でWebをやっていこうとしています。なぜか?

それは、Twitterの隆盛の例を引くまでもなく、グローバル化と同じくらいソーシャル化が現在の潮流になってきており、企業にとっても無視できない要因となってきていると思うからです。世界が経済的価値観によって統合されるグローバル化の観点で言えば、高い費用をかけて日本人クリエイターにWebを作らせるのはナンセンス。しかし、ソーシャル化の観点で言えば、意味があるのです。

それはずばり、ソーシャルな場において重要なのは評判だということです。企業がコミュニケーションを取りたいユーザーの評判を落とすようなWebサイトは、どんなに安く作っても悪影響を及ぼすかもしれません。逆に、ユーザーの評判を上げるようなWebサイトは、ある程度費用をかけても価値のあるWebだと言えると思います。しかも、CMのようにマスを対象にウケるものではなく、小さなコミュニティにウケるものが必要になってきます。

そこで我々個人クリエイターは、絶対に何らかのコミュニティに属していて、そのコミュニティで評判の良いものがなんなのかを知っている。この点において、価格の安さだけではない価値を提供できる素質を、どんなクリエイターでも必ず持っているということになるのです。グローバル化おそるべからず。自分の好きなものを持ち、コミュニティで何がウケるのかをキャッチすることが個人クリエイターの強み、なのです!

…と、このような考え方に立てば、そこらの雑誌や書籍には載っていない、「企業のWeb担当者が個人のクリエイターに発注したいときにどのように発注すべきか」のヒントが自ずと導きだされてくるのですが…それはまたの機会に。

以上、本日の日報でした。
休みで仕事してなかったので仕事の話題がなくてすみません。いまから仕事します。


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